米国の税制改革に設備投資を100%費用で落とす項目が盛り込まれている理由 P51Bムスタング誕生秘話に学ぶ償却会計
下院は去年6月に示した税制改革案「Better Way」の審議を、そろそろ始めると思います。この下院案には国境税調整という項目が含まれており、それが今、とても話題になっています。
それについては過去に説明したので、ここでは繰り返しません。
国境税調整とは何か?
「Better Way」案には、ずっと地味だけれど、大事な「隠し味」が含まれています。今日はそれについて説明します。
その「隠し味」とは「企業が先行投資をしたとき、それを100%費用で落としてオッケー」という項目です。
現在の米国の会計制度では、企業が機械などの資本財に先行投資したとき、大体、5年かけて償却するルールになっています。
その場合、投下した先行投資はキャピタライズ(capitalize)、つまり資本に組み入れられるのです。チョロチョロと5年かけて償却する(=投資コストを利益から差し引く)関係で、比較的早い段階で利益が出てしまいます。
「利益が出て、なぜ悪いの?」
みなさんはそう思うでしょう。もちろん、利益が出ることは大変結構なことだけれど、利益は税金に持って行かれます。だから長い年数をかけて償却するほど、とりわけ先行投資した直後から利益が出過ぎて、税負担が重くなるという問題が生じるのです。
これは会計ルールだけで説明してもなかなか呑み込みにくいと思うので、具体的な例で説明します。
第二次世界大戦当時、アメリカは武器貸与法(レンドリース)により英国にどんどん戦闘機を貸しました。つまり「代金後払い」です。
英国空軍はカリフォルニアのノースアメリカン社にP40ウォーホークという戦闘機を注文します。ノースアメリカン社は「P40は旧式機です。実はわが社で新しい戦闘機の青写真を温めているのですが、これを試しに使ってくれませんか?」と提案します。それがP51ムスタングです。
英国空軍は送られてきた試作機の性能が優れていたのと、ノースアメリカン社の品質管理の良さに惚れ込んで、P51を正式採用します。
そのときのP51はアメリカのアリソン社が作っているV710-81という12気筒液冷V型エンジンで、1200馬力でした。アリソンV710-81はとても滑らかなエンジンですが、出力の関係でP51のプロペラは3枚でした。
このP51に乗った英国空軍のパイロットはP51を気に入りますが「こいつに英国製のマーリンを搭載すれば、もっと良くなるのにな」と残念がります。

(アメリカ製パッカード・マーリン、出典:ウィキペディア)
マーリンは英国の主力戦闘機、スピットファイアに採用されているエンジンです。2段のターボジャージャーを付けているので、高高度での性能が良いことで知られています。
問題は、マーリンは極めて複雑なエンジンで生産工程が多く、英国の熟練工の職人芸に頼っていたということです。これでは生産が間に合いません。
そこでマーリンの図面をアメリカに送り、アメリカで量産する計画が持ち上がります。
イギリスは、最高機密であるマーリンの図面をアメリカに移送するためにわざわざ軍艦をよこしました。
アメリカ側でこの図面の引渡しに立ち会ったのはモリス・ウイルソンです。この受け渡しのためにウイルソンは特大のスーツケースを用意しました。ところがマーリンの図面は、貨車に載せる木箱ほどの大きさで、クレーンをつかわないと降ろせないほど膨大でした。
つまりマーリンというのは、それほど複雑なエンジンなのです。
このマーリンの図面を見たアメリカの技術者は、すぐに問題を悟ります。マーリンは熟練工の手作業に頼っているので、それをオートメーションに置き換えるには工作機械などの膨大な投資が必要だとわかったのです。
そこに登場したのが「大量生産の父」、ビル・ヌドセンです。ヌドセンは、フォードの「モデルT」の生産ラインを考案した人です。
ヌドセンは工作機械による大量生産を念頭に、マーリンの図面を全部自分で引き直しました。
しかしここで問題が起こります。
それは製作を担当するパッカード自動車が「そんなにべらぼうな先行投資は、やりたくない」とゴネたのです。
考えても見てください。いまパッカードが清水の舞台から飛び降りるような一大決心をして、膨大な工作機械をマーリンの製作のために購入したとします。でもイギリスが戦争に負ければ、「ツケ」でアメリカから買っている兵器の代金をちゃんと支払ってくれる保証はありません。
さらに当時米国の固定資産の償却年数は16年でした。すると先行投資した費用の16分の1しか費用が落とせないので、バカスカ利益が出ます。それは税金として、全部、アメリカ政府に持って行かれてしまうわけです。しかも16年後も未だ戦争をやっている保証は無いわけで、戦争が終われば据え付けた工作機械の大半は無料の長物と化してしまいます。
そう考えるとパッカードが尻込みしたのも無理は無いわけです。
そこでビル・ヌドセンはフランクリン・ルーズベルト大統領に会いに行きます。
「大統領、あなたが欲しいのは、戦闘機ですか? それとも帳簿上の利益や税収ですか?」
ルーズベルト大統領は「もちろん戦闘機だ」と答えます。
そこでヌドセンは「それなら固定資産の償却期間を16年から6年に変更してください! ちなみにドイツでは償却期間は7年です」と具申しました。
ドイツの償却期間が7年と聞いたルーズベルト大統領は、この言葉に反応して、「それじゃ6年で行こう!」と決断します。
これを機にアメリカの産業界では設備投資ブームが起こります。
つまり第二次世界大戦を勝ち抜いたアメリカ産業界の底力が解き放たれるためには、モノ作りの会計面での制約までを知り尽くしたヌドセンの洞察力が必要だったのです。
結局、英国空軍のハック(工夫)によりマーリンを搭載することになったP51は、P51Bムスタングと呼ばれ、エンジンがパワフルになった関係で、プロペラは4枚になりました。この時点で、初めて「傑作機」になったのです。
さて、歴史のウンチクが長くなってしまいましたが、これから上院で議論される、設備投資の償却年数を短縮するということが、設備投資を喚起する上で、どれほど重要なことか? ということがおわかり頂けたかと思います。
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国境税調整とは何か?
「Better Way」案には、ずっと地味だけれど、大事な「隠し味」が含まれています。今日はそれについて説明します。
その「隠し味」とは「企業が先行投資をしたとき、それを100%費用で落としてオッケー」という項目です。
現在の米国の会計制度では、企業が機械などの資本財に先行投資したとき、大体、5年かけて償却するルールになっています。
その場合、投下した先行投資はキャピタライズ(capitalize)、つまり資本に組み入れられるのです。チョロチョロと5年かけて償却する(=投資コストを利益から差し引く)関係で、比較的早い段階で利益が出てしまいます。
「利益が出て、なぜ悪いの?」
みなさんはそう思うでしょう。もちろん、利益が出ることは大変結構なことだけれど、利益は税金に持って行かれます。だから長い年数をかけて償却するほど、とりわけ先行投資した直後から利益が出過ぎて、税負担が重くなるという問題が生じるのです。
これは会計ルールだけで説明してもなかなか呑み込みにくいと思うので、具体的な例で説明します。
第二次世界大戦当時、アメリカは武器貸与法(レンドリース)により英国にどんどん戦闘機を貸しました。つまり「代金後払い」です。
英国空軍はカリフォルニアのノースアメリカン社にP40ウォーホークという戦闘機を注文します。ノースアメリカン社は「P40は旧式機です。実はわが社で新しい戦闘機の青写真を温めているのですが、これを試しに使ってくれませんか?」と提案します。それがP51ムスタングです。
英国空軍は送られてきた試作機の性能が優れていたのと、ノースアメリカン社の品質管理の良さに惚れ込んで、P51を正式採用します。
そのときのP51はアメリカのアリソン社が作っているV710-81という12気筒液冷V型エンジンで、1200馬力でした。アリソンV710-81はとても滑らかなエンジンですが、出力の関係でP51のプロペラは3枚でした。
このP51に乗った英国空軍のパイロットはP51を気に入りますが「こいつに英国製のマーリンを搭載すれば、もっと良くなるのにな」と残念がります。

(アメリカ製パッカード・マーリン、出典:ウィキペディア)
マーリンは英国の主力戦闘機、スピットファイアに採用されているエンジンです。2段のターボジャージャーを付けているので、高高度での性能が良いことで知られています。
問題は、マーリンは極めて複雑なエンジンで生産工程が多く、英国の熟練工の職人芸に頼っていたということです。これでは生産が間に合いません。
そこでマーリンの図面をアメリカに送り、アメリカで量産する計画が持ち上がります。
イギリスは、最高機密であるマーリンの図面をアメリカに移送するためにわざわざ軍艦をよこしました。
アメリカ側でこの図面の引渡しに立ち会ったのはモリス・ウイルソンです。この受け渡しのためにウイルソンは特大のスーツケースを用意しました。ところがマーリンの図面は、貨車に載せる木箱ほどの大きさで、クレーンをつかわないと降ろせないほど膨大でした。
つまりマーリンというのは、それほど複雑なエンジンなのです。
このマーリンの図面を見たアメリカの技術者は、すぐに問題を悟ります。マーリンは熟練工の手作業に頼っているので、それをオートメーションに置き換えるには工作機械などの膨大な投資が必要だとわかったのです。
そこに登場したのが「大量生産の父」、ビル・ヌドセンです。ヌドセンは、フォードの「モデルT」の生産ラインを考案した人です。
ヌドセンは工作機械による大量生産を念頭に、マーリンの図面を全部自分で引き直しました。
しかしここで問題が起こります。
それは製作を担当するパッカード自動車が「そんなにべらぼうな先行投資は、やりたくない」とゴネたのです。
考えても見てください。いまパッカードが清水の舞台から飛び降りるような一大決心をして、膨大な工作機械をマーリンの製作のために購入したとします。でもイギリスが戦争に負ければ、「ツケ」でアメリカから買っている兵器の代金をちゃんと支払ってくれる保証はありません。
さらに当時米国の固定資産の償却年数は16年でした。すると先行投資した費用の16分の1しか費用が落とせないので、バカスカ利益が出ます。それは税金として、全部、アメリカ政府に持って行かれてしまうわけです。しかも16年後も未だ戦争をやっている保証は無いわけで、戦争が終われば据え付けた工作機械の大半は無料の長物と化してしまいます。
そう考えるとパッカードが尻込みしたのも無理は無いわけです。
そこでビル・ヌドセンはフランクリン・ルーズベルト大統領に会いに行きます。
「大統領、あなたが欲しいのは、戦闘機ですか? それとも帳簿上の利益や税収ですか?」
ルーズベルト大統領は「もちろん戦闘機だ」と答えます。
そこでヌドセンは「それなら固定資産の償却期間を16年から6年に変更してください! ちなみにドイツでは償却期間は7年です」と具申しました。
ドイツの償却期間が7年と聞いたルーズベルト大統領は、この言葉に反応して、「それじゃ6年で行こう!」と決断します。
これを機にアメリカの産業界では設備投資ブームが起こります。
つまり第二次世界大戦を勝ち抜いたアメリカ産業界の底力が解き放たれるためには、モノ作りの会計面での制約までを知り尽くしたヌドセンの洞察力が必要だったのです。
結局、英国空軍のハック(工夫)によりマーリンを搭載することになったP51は、P51Bムスタングと呼ばれ、エンジンがパワフルになった関係で、プロペラは4枚になりました。この時点で、初めて「傑作機」になったのです。
さて、歴史のウンチクが長くなってしまいましたが、これから上院で議論される、設備投資の償却年数を短縮するということが、設備投資を喚起する上で、どれほど重要なことか? ということがおわかり頂けたかと思います。
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